MUSICIAN INTERVIEW

2020.09.02(仮)

ソプラノ歌手 清水優美


 

インタヴュー企画第二弾として、notieメンバーのcatcatusから同メンバーの清水優美にインタヴュー!

 

いつもプロジェクトの話ばかりしているので、せっかくなのでと個人的に聞きたいことも含めつつ、

現在、イタリア留学中で、声楽の学校とプロデュースの学校の2つに同時に通っているソプラノ歌手の清水優美さんに、今までの音楽人生やこれからのことについて聞いてみました! 

音楽をはじめたきっかけ

 

- 清水さんは現在、ソプラノ歌手とアートマネジメントとしてのキャリアの道を歩んでいますが、まずは原点の体験、音楽をやりたいと思ったきっかけから本格的に習い始めるまでを教えてください!

 

 

小学4年生の頃、学校の音楽の先生が、指導されていた校内の合唱団に誘って下さったのがきっかけです。

その先生は、“パワフル”という言葉がぴったりな、いつも全力で私たちに向き合ってくださるような方で、夏休みには毎日練習を指導してくださり、NHK全国合唱音楽コンクールにも挑戦させてくださいました。

 

小学5年生になりたての頃、地元三重県桑名市の隣町である四日市市の市民オペラ公演で、子供の合唱団員が募集されていることを知り、初めて“オペラ”に触れました。学校の音楽の先生経由でその募集を知ったのですが、オペラ公演後に、その子供の合唱団員を募集していた合唱団にも所属しました。

東京や近くの名古屋など、様々なところから歌手の方がいらしている公演だったので、稽古の時からプロの”生の”歌声を聴かせていただき、本当に贅沢な経験だったと、いま振り返っても思います。また、オーケストラの演奏や綺麗な衣装・舞台装飾など、その当時の私には全てが新しく、“この世界で私も歌ってみたい!”と思うようになりました。

中学・高校は普通校に進学しましたが、やはり音楽の道が諦めきれず、地元の声楽の先生を紹介してもらい、高校一年生の秋から本格的に音大進学に向けて声楽を始めました。

 

 

- 子供の頃からの想いを捨てきれず、高校一年生の秋に音大進学を目指したのですね!

一般高校から音大進学は前例が少なく苦労しそうですが、どのように志望校を決め、どのような受験勉強を行ったのですか?

 

 

私が入学した地元の高校は、「勉強する時はする!文化祭・体育祭などのイベントは全力で楽しむ!」といった校風で、良き友人にも恵まれてとても楽しく過ごしていたのですが、進路選択は6~7割の生徒が国公立大学志望、そうでなくても有名私立大学志望で、音大に進学する人は全然いませんでした。音楽系の進路希望を出した時は、きっと、担任の先生も、なんでこの子は、この高校に入学してきたのだろう…と思われたと思います(笑)

それでも、音楽教育志望や音響系志望であった友人と励まし合いながら、受験勉強の日々を乗り越えました。

 

志望校を国立音楽大学に決めたのは、高校2年生の夏にいくつかの音大のオープンキャンパスに参加した時に国立音楽大学の落ち着いた校風と新しい校舎が好きになったのと、当時の地元の先生から運よく国立音楽大学の先生を紹介していただいたからですね。

また、例年夏(7月~8月)と冬(12月)には、国立音楽大学が受験生向きに受験準備の講習を開催するので、それにも参加しました。大学の雰囲気を知ることができたり、実際に実技のレッスンを受けさせてもらったり、大学生活をイメージするのにとても役立ちました。国立音楽大学の声楽科は伝統があり、優秀な卒業生の先輩方がいらしたのも魅力でした。

 

国立音楽大学の受験科目(2012年時点)は、声楽実技・副科ピアノ・新曲視唱・楽典・英語・国語があったので、受験期は、声楽の先生・ピアノの先生(ピアノ+新曲視唱も)・楽典の先生に週一回ずつは通っていました。どの先生も三重県内にお住まいだったので、自分で電車に乗り継いで通っていました。英語と国語に関しては、過去問を講習の際に購入して勉強しました。現在はセンター試験の結果を提出することもできるようです。

 


(国立音楽大学時代の学祭オペラ公演にて。) 

 

- 自分でいくつかの大学のオープンキャンパスの情報や受験生向け講習の情報を探し、実際に行ってみて、先生の音楽との相性も国立音大の雰囲気との相性も合っていたから、国立音大に行くことを決めたのですね!行動的で、自分で切り開いた道、素敵です!…にしても週に3個のレッスン、地味に大変ですよね、わかります…

 

ではお次は、入学後、国立音大の学部生となった清水さんは、どんな学生でしたか?

 

 

音楽大学には、(当たり前ですが)みんな音楽が好きで入学してきているので、高校で少々の孤独感を味わっていた私にとっては、とても過ごしやすかったです(笑) クラシック音楽って、社会全体で考えるとやはり日常の中にあるもの、ではないですよね。でもだからこそ、音大での生活は、私にとって毎日が非日常で、刺激的でした。

 

私が在籍していた声楽科は、当時私の学年だけで100人弱で、他の音大に比べたら多い方だったと思います。他の科も合わせて1学年500名程度でした。国立音楽大学の声楽科は、とにかく現役で活躍されている先生がたくさんいらして(詳しくは国立音楽大学公式HPを参照)、実技の個人レッスンはかなりレベルが高いと思います。今考えても、本当にありがたい環境だったな、と感じます。そのほか、個人的には合唱の授業の印象が強いのですが、私が在籍していた時は、毎年年末に行われるNHK交響楽団の第九演奏会に合唱団として参加させていただけたり、校内の演奏会でもソリストの先生の素晴らしい歌声を間近で見させていただいたりしました。国立音大のホールには、大きなパイプオルガンがあり、とても立派な建物でしたので、そこで歌わせていただけたことはとても嬉しかったですね。

 

(NHK交響楽団の第九演奏会に合唱団として出演した時。楽屋で先輩、同期と。)

 

- やはり共に学ぶ仲間の存在は大きいですよね。それに、NHK交響楽団の第九演奏会への参加や先生の個人レッスンのレベルの高さなど、国立音大ならではの体験のお話がきけてこちらもわくわくしました!

ここまでのお話では声楽家としての清水さんについてお伺いしましたが、そんな清水さんが音楽の音楽のプロデュース側に興味を持ったのはいつ、どんなきっかけでだったのでしょうか?

 

 

学部卒業後は、留学を目指しながら国立音楽大学の科目履修生(主に声楽の実技を集中的に受けられるコース)に通うことにしたのですが、それと並行して、少しずつ自分でもソロの音楽活動をするようになり、東京都内や近郊、地元の三重県でもありがたいことに演奏させていただく機会が増えて行ったのです。

その中で、自主企画のコンサートもすることが何度かあったのですが、それがかなり大変で…というのも、クラシック音楽を問わず、フリーランスの音楽家がコンサートを開催するときって、会場探しから始まって、チラシ・チケットの準備、集客、プログラム決め、練習、本番、後の会計処理、片付けなど何から何まで自分たちでやらなければいけないのですよね。もちろん、うまくやられている方もいらっしゃると思うのですが、あまりに運営に注力してしまうと、肝心の演奏の質が下がり兼ねない...。でも、マネージメントを頼む予算なんてない場合がほとんどなので、結局自分たちでやって...と、コンサート後はいつも、どっと疲れてしまう...という悪循環でした。

また、少し視線を外に向けてみると、私より上の世代の優秀な音楽家の先輩方でさえ、アルバイトや他の仕事をしながら、演奏活動をされているという現実がありました。音楽大学を卒業しても、クラシック音楽の演奏の仕事はほんのわずか

もはや私個人の問題ではなく、クラシック音楽業界全体が抱える課題だと思ったのです。

 

このような考えから、私自身がしっかりとコンサートの企画・運営を学んで、演奏家の気持ちもわかる、寄り添って行けるようなプロデューサーになりたいと思うようになりました。自分自身が演奏もするコンサートのプロデュースは今もやっているのですが、他のアーティストのコンサートのプロデュースや若い世代の音楽家育成にも携わっていけるよう、積極的に活動していきたいです。  

 

(国立音楽大学の科目履修生の修了コンサート後に友人と。)

 

- コンサートを開催するために自力で頑張る内に、プロデュースすること自体に魅力を感じ始めた、ということですね。やってみて初めて知る魅力ってありますものね!

それにしても、学部卒業後に既に留学を目指すと決めていたのですね!それはなぜだったのでしょうか?

 

 

声楽を始めた高校生の頃から、なんとなくヨーロッパで勉強することに憧れてはいたのですが、国立音大学部の間は中々授業が忙しく、考える余裕がありませんでした。

学部4年生の夏に、先輩に勧めていただき、福島育英会という財団の短期海外留学の奨学金に応募してみたところ、通していただいて!それがきっかけで、当時イタリア語のオペラ、歌曲を主に勉強していたのもあり、イタリアのサルデーニャ島の音楽院で行われた夏期講習に参加してみたのです。予想通り、とても充実した滞在になり、長期留学を考え始めました。

留学を考える方には、もし余裕があればまずは短期で現地に行ってみることをお勧めします。

 

(イタリア・サルデーニャ島の音楽院で行われた夏期講習のミニコンサートにて。)

 

- なるほど。以前から抱いていた憧れが、イタリアの音楽院での夏期講習に参加したことにより、本気で行きたいと感じるようになったのですね!

清水さんは「まず調査して軽く動いてみて、良さそうな感触を得たら本気でやる」が多い気がしました、まずは調査と行動ですね、大事なことを教えていただきました…!

 

でも留学となると、準備が大変そうです…。留学準備はどのように行ったのでしょうか?その際の苦労もあれば教えてください!

 

 

長期留学を考え始めたものの、資金の問題に直面しました。イタリア留学の場合は、地域にもよりますが、最低でも年間で200万円ほどかかります。日本とイタリアの往復飛行機代、留学保険、学費、家賃、生活費など…またせっかく留学するのだから、マスタークラスやコンクールなどに参加したいですよね、となるとさらに費用がかさむ…ということで、長期留学のための奨学金に応募することにしたのです。地元の三重県で美術館を所有されていたり、文化芸術活動への助成で有名であった、岡田文化財団に3回応募して、3回目でなんとか合格し、長期留学の準備を始めました。(留学中の昨年にも、大変ありがたいことに、国際ロータリー財団から奨学金をいただきました。)

 

その中でも大変だったことは、留学先の学校手続きと日本での学生ビザの手続きです。当時はイタリア語も挨拶程度しかできなかったので、先輩に助けていただき、なんとか入学手続きを終えました。しかし、学校からビザ申請に必要な書類がなかなか届かない…9月から開始予定の留学で、その時点ですでに7月だったので、かなり焦りました。イタリアといえば、”夏のバカンス”と言ってもいいほど、8月の1ヶ月間はあらゆることが止まるのです(笑) 例にもれず学校もお休みになると先輩から聞いていたので、無事に届いた時はホッとしました。ビザ申請に関しても、色々と苦労したのですが、長くなるので、また別の場所でまとめますね!

 

(岡田文化財団の奨学金授賞式にて。)

(ロータリー財団での奨学金授賞式にて。)


 

- なんと!資金面を工面するために色々な情報を探し、そのうえで岡田文化財団さんの奨学金に3回も挑戦されたのですね!喜びもひとしおですね…。

手続きもすべて外国語でかつ間違えられないので、その苦労、お察しします…。にしても「夏のバカンス」で書類仕事もストップしたり書類が届かなかったりするのは、なんというか、その苦労、お察しします……(二度目)。

 

さてさて、その苦労を乗り越えての現在の留学生活はどんな感じですか?楽しいことや苦労していること、学生生活とともに日常生活も教えてください。

 

 

留学は、今ちょうど2年目を終えたところなのですが、やっと少しずつイタリアという国にも慣れてきたように思います。留学前まで25年間海外生活を経験したことがなかったので、1年目は生活に慣れるだけで必死でしたね。イタリアは、日本のように便利で順番通りに物事が進む訳ではないので、ヒヤヒヤすることや落ち込むことは何度もありました。

その反面、美しい街並みや伝統ある劇場・コンサートホールが数多くあったり、CDでしか聴いたことがなかったような歌手が出演するコンサートを気軽に観に行けたり。学校生活ではイタリア人のネイティブな先生からレッスンをしていただけるので、もちろんメリットの方が多いです。それから、私は北部のミラノに住んでいるので、ほかのヨーロッパの国に飛行機を使わずともいけるのが、とても嬉しいですね。

 


(イタリア・ミラノの有名なオペラ座であるスカラ座にて。)

 

- そうですよね、文化が違うのでまず海外での生活に慣れるのがとても大変そうです。それにしても、街並みや有名歌手のコンサート、ネイティブの先生からのレッスンとは、うらやましい…!やはり、音楽の勉強のためという点では留学は本当に魅力的ですね!

 

お話を伺っていると、辛いことや苦労していることも多いように見受けられます。なのでお次は、清水さんなりの休憩の仕方、リラックスの仕方を教えてください!

 

 

私のリラックス法というか気分転換なのですが、外出することですかね。

よく考えすぎて煮詰まってしまうことがあるのですが、外に出て、友人たちと食事をしたり、アペリティーボ(ハッピアワーのようなもの)をしたりすると、凝り固まっていた考えも、身体も、楽になる気がします。

 

 

(イタリア・ミラノの中心地にある大聖堂)

 

 

- 外出し、友人と食事することが清水さんにとってのリフレッシュなのですね!きっとご友人とのお話しも含めてのリフレッシュなのでしょう。ほんとに素敵なお時間に感じられます!

 

では、最近の、音楽や文化に関するお気に入りの物とそのお気に入りポイントを教えてください。

 

 1冊目の『クラシック名曲全史』は、本屋で偶然見かけた本で、元東京フィルハーモニー交響楽団広報渉外部部長の松田亜有子さんがクラシック音楽をビジネス的な視点で見直すというものです。2冊目の『蜜蜂と遠雷』は映画も公開された話題になったので、ご存知の方も多いと思いますが、アーティストの演奏の様子がとても細かく書かれていて、臨場感たっぷりに楽しめます。3冊目はこちらもドラマ・映画と公開されて大ヒットした『のだめ カンタービレ』です。音大生の日常や演奏シーンなど事細かに書かれていて、当時音大受験を考えていた私に衝撃と夢をくれた漫画でした。

 

『クラシック名曲全史』

『蜜蜂と遠雷』上巻

(全上・下巻)

『のだめカンタービレ』1巻

(全25巻)


 

インタヴューも終わりのお時間が近づいてまいりました。今度は、今まで音楽に関わってきて、最高に楽しかった嬉しかったことと、最高に苦しかったことをお聞かせください。

(答えにくい質問かと思いますが、きっと清水さんの真髄に触れる何かが知れるはず…!)

 

 

最高に楽しかったこと、嬉しかったことは、自分が企画したコンサートでお客様に喜んでいただけたことですね。コンサートって、音楽を共有する場であるのはもちろんですが、企画・演奏者側、ある時はお客様にとっても、”出会いの場”であると思うのです。出会い、という言葉を使うと少し安っぽく聞こえるかもしれませんが、企画・演奏者側からすると何年も会っていなかったような方が街でふらっとチラシをみかけてコンサートに来てくださって、思いがけず嬉しい再会ができたり、お客様同士が演奏についての話に華が咲いたり…そんな人の輪が、音楽が好きな気持ちの連鎖で広がっていくことがあるからこそ、やめられないです。

 

反対に最高に苦しかったこと...難しいですね…(笑) 強いていうならば、コンサート準備の過程はいつも楽なものではないです。演奏家や企画者、そのほかコンサートに関わる人の仕事って、もちろんコンサート当日だけではないですよね。むしろ、それまでの企画段階やリハーサルなどが9割で、コンサートはその1割に過ぎないわけです。特にこれまでは、学業と両立しながらやってきたので、時間をいかにうまく使って、良いものをつくるか、ということは常に頭の中にありました。毎回、焦りながら、苦しみながらやっています。目標がないと頑張れないタイプなので、いつも何か小さなことでも自分の限界を超えられるような目標を見つけて、それに向かって突き進むことを繰り返している状態です。

 


(川崎の商業施設で、初めて自分以外のアーティストもプロデュースした時。) 

 

- コンサートが"出会いの場"、人の輪や気持ちが出会い広がる場、とても素敵な言葉です!

そして、コンサートの9割を作ることや時間のやりくりに苦労しつつも、いつも自分の限界を超えようと目標設定し努力している清水さん、素敵です…。

 

さて、これで最後の質問となります。留学が終わった後、清水さんがどのような道で生きていこうと考えているかを教えてください!

 

 

演奏家兼コンサートプロデューサーになりたいです。

私のソプラノとしてのこれまでの演奏活動や、イタリアでの留学(2018年から声楽とコンサート企画について大学院修士課程にて勉強中)を通して、日本やイタリアをはじめとするヨーロッパの国々の音楽界の現状が中々に厳しい状況であることが分かりました。それに加え、今回の新型コロナの影響で、芸術界全体が大打撃を受けていますよね。

正直誰も先の見えない日々ですが、どのような形であれ、伝統ある文化を守っていきたい、と一人の音楽に関わるものとして、強く思います。これまで普通に開催できたコンサートもオンラインに変わったり、収容人数を減らしたりと、様々な変化が起こりつつありますが、その変化の波にはいつも柔軟でありたいです。

 

 

 

 

- 清水優美さん、素敵なお話しをありがとうございました!

調査や行動をし、目標設定をしつつ自分の成長のため努力していく、そんな素敵な清水さんのこれからの、演奏家兼コンサートプロデューサーとしての活躍を楽しみにしております!

 

 

 

-プロフィール-

 

清水優美

三重県桑名市出身。国立音楽大学声楽科卒業。現在、イタリア・ミラノにて留学中。ミラノ市立音楽院にて声楽を、ミラノ大学にて音楽プロデュースについて学んでいる。

ソプラノとしての演奏活動を通して、「クラシックの生演奏をもっと気軽に楽しめる場所を増やしたい」と考えるようになり、音楽イベントの企画・制作を開始。

 

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